[ 花籠 ] まるで其処だけ刻が切り離されたかの様に、枯れることなく咲いては散り続ける枝下桜。それ以外では自然、さも当たり前の様に現の季配に沿い変化していくふたりの内界。それがリクオ本人の望みからなのかは当人達でさえ定かではないがしかし、現では叶わぬ、廻る季節をふたり伴に感じながら過ごすことのできる、唯一の処である。 「ねぇあれってつつじだよね?」 濡れ縁で夜のリクオと肩を並べて座っていた昼のリクオは、はたと視界の端に紅紫よりほんのりと淡い花の茂みを認め、疑問符を浮かべた。 「ああ、つつじだな。それがどうかしたか?」 「ちょっと時期外れじゃない?なんで今頃…」 「狂い咲きだろ。つくねんと外れて盛るなんざ、酔狂なこって」 云って、夜は隣に座る昼の目許へ啄むように唇を寄せる。常より上機嫌な様子の相手にこそばゆさを覚えながらも、昼は擽ったいよとはぐらかすように夜の手を取りそして、庭へと導くようにくいと引いてみせた。 素直に身を委せてしまえば善かったのだろうと思う。それでもしかし、寄せられる慕情の戯れに未だ恥ずかしさが勝ってしまうのだから仕方がない。 庭へと降り立ち、つつじの傍へとふたりは歩む。昼に手を引かれたままの夜は少々渋い顔になっていたが、己の手を引く昼の耳元がほんのり色付いてることに気付くとこそり、ちいさく笑みを形作ってじわりと滲んだ劣情を、そこに隠し潜ませた。 「つつじの蜜、小さい頃よく吸って遊んでたっけなぁ」 「甘さは自体は識ってるが、オレは自分で吸ったことねぇな」 「あ…そう、だよね、ごめん」 「バカ、謝ることなんてなんもねぇだろ? お前が感じたもんはオレも同じように感じてたんだからよ。それよりオレは、」 ぷちんとつつじの花をひとつ捥ぎ、夜はそれを銜えてちゅうと吸った。 「今此処でお前と一緒に愉しめてる、それが一番嬉しいよ」 向けられた夜の、凛と静かな眼差しに、ついと見蕩れてしまう。 ああ敵わないと感じながら、昼は自分も花片をぷちっと手折り、口を付けた。 いつも簡単に云ってのけるそのひと言ひと言に、幾度掬われたか識れない。時折ひとりで憂う事柄も、実は些細なことなのかもしれないと、そう、思わせてくれる夜の真っ直ぐに返される言の葉が嬉しくて嬉しくて、仕方がない。 そんな昼の心事に気付いているのかいないのか、しゃがみ込んだ夜は肩を揺らして二つ目の花を味わっていた。 「夜」 「ふ?」 呼ばれた方へ顔向けた夜は、つつじの花を銜えたままどうした?という表情を作り、下から昼を覗き込む。 「ううん。夜、そうしてるとなんかかわいいね」 似合うよと、自分の唇をちょんちょんと指差し、くすくすと可笑しそうに栗色の髪を揺らした。 「あ? 変なこと云うんじゃねぇよ」 すると不本意だとばかりに夜は銜えていたつつじを口から離し、代わりに昼が手にしたままだった蜜を吸った後の花片をその手から奪うと、昼の耳元へとそっと飾り付けた。 「ほら、お前ぇの方が余程似合うぜ?」 「ボクに付けても何も面白くないでしょ」 「わかってねぇなぁ」 昼の肩を両の手で掴んだ夜は、そのまま喰らうかのように勢い良く、相手の唇へ己のそれを押し付けた。反射的に後ろへ退こうとした昼に、逃さないと、隙間へ舌を捩じ込み歯列を割る。そして息を奪うように舌を合わせて味わい、咥内をたっぷりと堪能した。 「は、っ…甘ぇな」 「……っもう…花の蜜の味なんて、残ってな…」 「いや、甘ぇよ…極上だ」 くすりと笑みを浮かべ、下唇へと舌を這わせ再び、重ねる。 相手の紅潮を感じ、さてこの愛しい子をどうしてくれようかと思案を転らせることが愉しくてたまらない。 「…ん、……ん、っ……」 回した手のひらで頭を引き寄せ舌をきつく吸い上げてやれば、ふやけ出した吐息に劣情が煽られその先を欲してしまう。 切なげに甘く鳴く愛しい子の中を、温かさをもっと、もっと感じたいと情欲が昂る。 「…は、ぁ……も、もっと触れたいの、我慢してたボクが…バカみたいじゃないか…」 「我慢なんざする必要、ねぇだろ」 「は、恥ずかしいんだってばっ!…っ…んぅ、」 もう御託はいいとばかりに、夜は昼の口を攫った。 しかしもたらされた今一度の口付けは、相手の、己に向ける慕情を嫌でも識らされてしまう程にどこまでもやさしい愛撫の延長で。それが与えられた瞬刻、羞恥より、締め付けられるような切なさに、胸が満たされてしまった。 昼は夜の胸元へと躊躇いがちに手を伸ばし、ぎゅっとその着物を握り締める。 いつの間にか肩から滑り落ちていた自らの羽織の上に、気付いたときにはそのまま組敷かれていた。 「……昼」 「よ、る…」 組敷く相手の脚を割り、細い手首を縫い止めて夜は、最後にちいさく怖いかと、問うた。 昼はふるふると首を振り大丈夫と、精一杯の笑みで返し、滲む視界の先、己を欲しいと切に伝えてくる鮮紅の眸に、あいしてるよと、瞬いた。
12.07.11 |