[ 一穂 ]





 絡めては掬い、また絡めては掬って、二人の間を柔らかな毛糸が行き交っていた。

「はい、夜の番」

 交互に互いの指から絡め取っては複雑さを増してゆく、まるで蜘蛛の巣の形を模したような紅花色の環を、器用に器用に繋いでいく。
 そんなたわいもない童の遊びに興じながら二人は、親指と人差し指、稀に小指も使っては相手の指から絡む毛糸を掬う僅かな一瞬の、微かに触れ合う感触をくすくすと愉しんでいた。
 時折顔を上げると、まるで示し合わせたかのように視線が合って少しばかり、緊張する。
 膚が掠めた瞬間に淡く眇められる瞼が、そして薄らと擽ったそうに笑む口許が、互いの内に燻る、向かい合わせの相手への慕情をまざまざと滲ませていた。

「取らないの?」

 幾度目かの番の後、昼の自分に小首を傾げられてから夜のリクオは、取り方を考えていただけだと嘘を吐く。本当は長い睫毛に縁取られたその丸い眼の輪郭を、昼のそれより少しだけ高い処から眺め、ぼんやりと見惚れていただけだった。
 そう、と呟いた昼のリクオは夜の自分の方へと差し出していた腕を下すと、その指に絡めてあった糸をくしゃりと緩めた。うそつきと、ぽそりと零し、夜の首へと糸を回し掛けたのは、くすりと笑んだほんの、一瞬きの間。

「何処、見てたの?」

 確信を持って淡桃に染まった頬が、はぐらかすことは赦さないと云っていた。
 首に回された糸にすっと、引き寄せられた夜の額と、それを握る昼の額とがこつりとぶつかり、二人の距離がなくなる。
 答える代わりに夜は、昼の目尻を小さく出した舌で拭うようになぞり、睫毛の生え揃った淵を唇で辿った。
 小さく震えを返した昼の肩を視界の端で認めた夜の口許が、ゆるりと艶やかに引き上げられる。

「いつまで捕まえておく気だい」
「放して欲しくないのは君の方でしょう?」

 決して誰の目に留まることもない戯れは、身の内だけの秘め事で。

「云い違えたな……いつまで、捕まえておいてくれるんだい?」
「放す気なんてないのは、君が一番よく識ってるくせに」

 二人のぬらりひょんの控えめな、しかし不思議と甘く包むような笑い声は、何処に漏れ聞こえることもなく。
 ただただ互いの耳朶にだけ、愉しそうに響き渡る。




12.10.02