[ いとど想火 ] 処は薬鴆堂、鴆の居室である。 片方はむっとしかめ面を晒し、そしてもう片方はやれやれと溜め息を湛えつつ。互いの手のひらをぴとりと重ね、向かい合って胡座を掻いていた。 「おいリクオ…んな睨んでたってなんも変わらんぞ」 ぐぐっと心底悔しそうに奥歯を噛み締めたリクオと対しているのは、もう気が済んだかと困り顔の鴆だ。 それは特に決まりの話題で盛り上がるわけでもなく、ただただ居心地の良さに酔いながら、今宵もいつものように二人静かに一献傾けていた最中だった。 ふと不自然に黙りこくったリクオに視線を移し、どうしたと鴆が問うた刹那。リクオは鴆の腕を引っ掴み己と相手の手のひらを重ね合わせ、唐突に大きさ比べを仕掛けてきたのだ。 「………何でまだてめぇの方がでけぇんだ」 「俺が知るかよ。てか何だ急に…」 「いや…少しは体格、追い付けたかと思ってよ…」 何処となく語尾の歯切れも悪く応えるリクオに、鴆は成る程なと合点がいき、仕方ねぇ奴だと表情を崩して苦笑した。 「そんなにでかさにむきにならんでも、こんな綺麗な指してんだからいいじゃねぇか」 そのまま合わせていた手から指を絡め、ぐいと力強く手繰り寄せた。 「お、おいっ鴆、」 勢いのままに鴆の懐へと倒れ込んだリクオは、己のそれよりいくらか高い体温に包まれる。絡め捕られた指には鴆の唇が押し当てられそのまま、啄むように食まれてひくりと肩が揺れた。 「あんまり…急いで大きくなろうなんて、しなくてもいいんだぜ?」 自分を覆う相手の胸に額を押し付けたまま、リクオは弾かれたようにその目を見開いた。 強く、もっと強く在りたいと自身の底に燻る念は、とうに鴆に気付かれていたということだ。 たった、小指の長さ程も変わらぬ二人の背丈。それでも、こうも容易く閉じ込められてしまった肩幅の違いは褥の上で抱き込まれている感触を思い起こさせ、否応なしに顔に熱が集まる。 「ゆっくりでいい。その代わり崩れない土台、しっかりと作ってけ」 この腕に一体幾度その身を預け、安堵を許し、息を吐かせてもらっただろうと思い起こせば、いつだって己でもどう扱えばいいのかわからない気持ちが押し寄せて来て胸が締め付けられそうになった。 鴆が居たから、鴆が隣に立ってくれて居たから、自分は折れずに今も此処に居られるんだとその度に、識らされる。 「だからそんな焦るなよ、リクオ」 「…鴆」 抱き締める躰から力が抜けたのを確かめて鴆は、目を閉じて宥めるように、大丈夫だと云うように、愛しい子の背を摩った。その下に隠れている白くしなやかな膚には、鴆の毒の紋様が刻まれている。それは互いに身を預け闘った、心頼の証だ。 摩る大きな手のひらから伝えられる愛念の情にリクオは、安堵が募るのを感じほぅと息を溢した。 「けどなリクオ、俺としちゃあまだまだこうしてお前を抱き締められる体格で善かったと心底思ってるんだぜ」 云いながら、リクオの背に回されていた鴆の手の片方が頭へと移り、やさしく、けれど力強くその身の全てで大切そうに包み込む。 「好いてる奴、逃がさねぇようしっかりと捕まえられるんだ。悦ばねぇ男なんざいねぇよ」 「そんなんっ、オレも男だっ!オレだっておめぇを…っ」 余りの気恥ずかしさに、リクオの腕が競ぐようにして鴆の背へと回された。 ぎゅうと、羽織ごと着物を強く握り締められて、ふつりと沸き立った嬉しさに鴆もまた、己の胸の内にじわりと、泣きそうになるような愛しさが滲むのがわかる。 「捕まえといてくれるってのかい? 嬉しいねぇ」 「……ば、莫迦かっ」 ぽつり、照れ隠しにちいさく零された低音に、莫迦で結構だといらえを返す。 擦り寄る仕草でリクオの首元に顔を埋めた鴆はゆっくりと深く、息を吸い込んで、身の内に生まれた擽ったさをさてどうやって愛しいこの子に伝えてやろうかと、愉しさに笑みを噛み締めた。
12.07.25 |